児童自立支援施設

思うところあって、私は東京都の児童自立支援施設にて、不幸にも犯罪に関わってしまった10代の若者に茶の湯を指導させて戴いています。

ここでのお弟子さんは皆さんとても熱心です。施設での活動体験を書いたものがありますので、いくつかご紹介しましょう。

居るべき人間(ある卒業式と茶会)

私が茶道を指導させて頂いています児童自立支援施設の卒業式・卒業茶会について書かせて戴きます。
不幸にも犯罪に関わりここに来た若者は、寮生活をおくりながら規律ある生活を学び、施設内の中学校で修学します。そして中学卒業にともなって施設を出るのです。
中学三年生の恵子ちゃん(仮名)は卒業式にて「別れの言葉」を読み上げました。
彼女のスピーチは実に感動的でした。
不運にも彼女は望まれて生れてきたわけではないようです。アジア系ハーフの彼女は身寄りもなく、愛情を受けることなく大人のエゴに翻弄され、幼い頃から常に自分の居場所に苦しみながら生きてきました。

「自分はこの世に居なくていい人間だ」と思い込み、大人不信に陥り、世の中を憎み、いつの間にか犯罪に関わりこの施設に送られてきたのです。
彼女のスピーチによれば、この施設に来て、徐々に信頼できる大人もいることがわかったそうです。
そしてボランティア活動を通じて他人に感謝される喜びを知ったとき「私はこの世に居てもいい人間なのだ」という実感を初めて得たということです。
スピーチの後半、彼女は何度も言葉をつまらせ、ついにこらえ切れず言葉が涙に代わってしまいました。このとき会場にいた大勢の人々も涙を共にしました。

式を終え寮舎に戻った恵子ちゃんは、何故か二週間前に行った修学旅行の土産の菓子を私に差し出してくれました。
「えっ、私に?(限られた小遣いなのに)いいの?」とためらいながらお礼をいって受け取りましたが、「なぜ私に」の訳に気がついたのは二日後の卒業茶会のときでした。

卒業茶会当日は午前中に着物の着付けを済ませ、茶会は午後から開始です。着付けをする寮舎と茶会の行われる棟とは二百メートルも離れています。
空は今にも雨が降りだしそうな怪しい雲ゆきです。降りだせば慣れない着物ですので大騒ぎになることでしょう。
茶室で準備をしていた私のもとに着付けを終えた恵子ちゃんが一番乗りしてきました。「全員茶室に着くまで降らなければいいね」と話しかけると、彼女は「お客さんが帰られるまで降らないのが一番いいです」と答えました。
この何気ない言葉は彼女のすばらしい人柄を如実に表しています。
実は彼女は、この日点前をする卒業生の中で唯一身寄りがなく、彼女のお客様は誰もこないのです。彼女はそんな自分の境遇を充分承知しています。彼女が天候を気遣った「お客さん」とは同僚の保護者のことなのです。
彼女は茶人として既に私の及ぶところではないようです。私に修学旅行の土産をくれたのは、私のほか渡す人がいなかったからでしょう。

他の生徒は身内の方々の前で点前をしましたが、彼女の点前番には寮の先生方で客畳を埋めました。それでも、嬉しそうにしっかりとした点前を見せてくれた彼女にはたくましさすら感じられました。
彼女は今後、昼間働き夜定時制高校に通います。がんばってほしい、幸せをつかんでほしい。そう祈るしか私にできることはありません。

翌日、自宅で彼女からもらったお土産の菓子を口にしながら、私は彼女と交わした会話や稽古の場面を思い出していました。
彼女は「居てもいい人」?とんでもない。「この世に居るべき人」であり、私にとって「居てほしい人」なのです。

神様がこぼしたお茶

私が指導しています児童自立支援施設での卒業茶会が今年も無事終わりました。
毎年様々なドラマが起こる茶会ですが、今年の茶会の一こまをご紹介しましょう。

美紀(仮名)は一年前にここに来て以来、熱心に茶の湯の稽古に励んできました。
高校進学も決まり、いよいよ今月家庭に戻ることになっています。
施設を出てからの生活がちょっぴり不安な十五歳です。
卒業茶会には担当の児童相談所の先生とご両親がおみえになりました。
茶会が始まって一時間後、ついに彼女の番がまわってきました。
茶道口でのお辞儀はドキドキしながらも稽古どおりゆっくりと頭を上げ、点前は坦々と進んでいきました。
一碗目を点て、替え茶碗にお茶を入れようと左手で平棗を持ったその時、持ち方が浅く平棗の実と蓋が離れ、畳に茶を撒いてしまいました。茶器の実は裏返しに膝前に転がり、蓋は半月に持たれたまま彼女の左手とともに硬直していました。
ピンクの着物の膝の部分は緑色の霞模様となり、点前畳は一瞬にして苔が広がり、さながら露地の風情となってしまいました。
半東が棗を替え、何が何だかわからないまま彼女は何とか二碗目をお出しすることができました。建水を下げた水屋で、同僚たちは無言で彼女の着物をはたきました。そのときの彼女の涙はこらえるにはあまりに粒が大きすぎたようです。
しかし再び気持ちをとりなおし、涙を抑えて荒野と化した点前座に挑むかのように向かいました。茶碗を引いて茶道口で礼をして襖を閉め切るまでの間は、彼女にとって息を止めるより苦しい時間だったことでしょう。
襖を閉めた後の彼女の涙は遠慮を知りませんでした。
私はすぐに点前座の乱れを始末し、あとは何事もなかったかのように次の点前番が進行していきました。
美紀は稽古でもこのような失敗はしたことはありません。
ご両親や先生の前で落ち着いた自分の姿を認めてもらおうと、懸命に稽古を重ねていただけに、美紀の悔しさは想像するに余りあります。

茶会終了後、片付けもほぼ終わりかけた頃、案の定彼女の落ち込んだ声が私の背後からしてきました。

美紀「先生、すいませんでした。」
私「えっ、何が。」
美紀「お茶こぼしちゃいまして…。」
私「ああ、あれ。あのお茶をこぼしたのは君じゃないよ。」
美紀「??……?」
私「神様だよ。」
美紀「??a*?⇒?」
私「神様が君を試したんだよ。卒業試験ってところかな。」
「ここに来た頃の自分を思い出してごらん。あの頃の美紀ちゃんだったら最後までお茶を点てたかい。」
美紀「いやー、お茶碗ぶん投げてどっかへ行っちゃったと思う。」
私「だろー。でも君は逃げずに最後まで点前をした。ご両親や先生の前で立派に合格したんだよ。
おめでとう。」

彼女の人生にはこれからも神様に試されることがありそうですね。

柄杓のひと滴

智ちゃん(仮名)という子が中学卒業にともない三月に施設を出ました。これから自宅から定時制高校へ通う新たな生活が始まります。
彼女が中学二年生のとき、施設に入所しての初稽古は私にとって忘れられない思い出となりました。
彼女は稽古中、独り退席して廊下で人目を避けるようにうつむいて立っていました。その姿は苦痛に耐えているかのようにも見えました。
事の原因は私の指導の未熟さにあって、彼女は必死に心を静めていたのです。
割り稽古のとき、右手・左手の指示に途惑った彼女に、私が「こっちの手」と扇子で彼女の手を指したのが気に入らなかったようです。その時、同僚にクスッと笑われたことも不快だったのでしょう。彼女は気持ちを乱しやすい性格だったのです。
彼女はその生い立ちから、大人への不信感が押え切れず、十余年、悲しみと不安と憤りを重ねて生きてきたのです。
「この程度のことで…」「世の中に出たらもっと大変だぞ」という批判はご尤もです。
しかしご理解ください。独り廊下で心の乱れを抑えようとする姿は、今までの自分と必死に戦っている姿なのです。若者が成長しようとする姿は、批判する前にまず応援すべきでしょう。

年度が替わり中学三年生になった彼女は徐々に落ち着いてきて、寮生の最古参として後輩の面倒を見るに至りました。
ここまで日夜ご指導に当られた寮の先生方のご苦労は並大抵ではなかったはずです。
昨年秋のある日、智ちゃんの成長は点前にも表れてきました。
釜に差す柄杓の水の最後のひと滴がなかなか合(ごう)から切れなかったときのことです。
ご承知の通り、最後のひと滴が落ちるまで柄杓は静止するのが定法です。
これまでの彼女は柄杓を振って水滴を落としたり、待ちきれず次の所作に入って畳に滴を落としていました。ところが、その日の彼女は最後のひと滴が落ちるまでじっと釜の口の上に合を静止させていたのです。
前回の稽古のとき「滴の落ちるのを待つのではなく、滴を見守ってごらん」という私の助言を忘れず真摯に聞き入れてくれたのです。
彼女は実に穏やかな表情で最後のひと滴を見守り、そして見送ることができたのです。
その場にいた寮の先生も生徒達も滴に見とれ、稽古場は静寂な雰囲気に包まれました。
このとき彼女自身も、今まで知らなかった世界を体験できたと思います。

稽古の後の会話です。
私「智ちゃん。今日の稽古どうだった」
智「楽しかった。間違えたところもあったけど」
私「うん、でもね。所作に優しさがでてきたよね」
智「(驚くほど大声で)ええっ!! 本当ですか!」
私「本当だよ」
智「(予想以上に嬉しそうに、)いやーだ先生、優しいなんて言われたの私初めてよ!」
私「(そうだろうなと思いながらも)元々(優しさを)持っていたんだよ。気付かなかっただけさ(笑)」
十五歳になって初めて優しいと言われた彼女は大いにご満悦でした。

先日の卒業茶会では、彼女は着物姿で点前順一番目という大役を務めました。
保護者や児童相談所の先生方、施設役員諸氏の前での立派な点前でした。
茶会を終えてお別れのとき、真っ先に大泣きとなった智ちゃんの涙はこれまでの人生で幾度も流した苦い涙とは異なるものだったはずです。
「お茶を習ってよかった」と言ってくれたことは、私のみならず茶の湯に関わる方ならばどなたにとっても嬉しい言葉ではないでしょうか。
この嬉しさを皆様と分け合いたく書かせて戴きました。

君の人生(施設の卒業文集に寄稿)

生きる希望の灯は、決して消えることがない。
誰にでも、どんなときにでも、未来は必ずあるのだから。

たとえ、君が傷つき、人生に失望しても、
人生は君を見放すことなく、いつも寄り添い、ささやいてくれる。
「将来、君を待っている何かがある」と。

   努力に集う運がある。
   君を育ててくれる仕事がある。
   信頼される喜びがある。
   感謝し合える人がいる。
   君の優しさに救われる人がいる。
   君の強さで乗り越えられる涙がある。
   苦労すればこそ理解できることがある。
   君のお陰で支えられる社会がある。

   見守ってくれる山がある。
   癒してくれる川がある。
   君に気づかれたくて咲く花がある。
   「自分を見つめてごらん」と降る雨がある。
   真実を伝えたくて明日も昇る太陽がある。

どうだい、人生はこんなにも君の活躍を楽しみにしているよ。
さあ、生きていこう。君の行く手には、人生を愛する君がいる。

卒業おめでとう

自作五首(施設の卒業文集に寄稿) 平成27(2015.3.21)

茶道の稽古は時候に適う歴史的名歌の暗唱から始まります。
女子生徒の皆さんにはたくさんの歌を覚えてもらいました。みなさん、忘れないでくださいね。暗唱した歌は心の財産ですよ。
今回は日頃の名歌には遠く及びませんが、自作の歌を披露します。拙い歌ですが、短歌を身近に感じて戴ければ幸いです。

萩山の春

我が家より萩山駅まで片道でヴィヴァルディなる「四季」の一年
わがやより はぎやまえきまで かたみちで Vivaldiなる しきのいちねん

土匂ふ菜の花畑に足を止め浮かぶ唱歌を口ずさむ春
つちにおう なのはなばたけに あしをとめ うかぶしょうかを くちずさむはる

ふくらみし桜のつぼみ時迫りスタートラインに並ぶ若者
ふくらみし さくらのつぼみ ときせまり スタートラインに ならぶわかもの

シンフォニー奏でるごとく咲く花は卒業生を想ひ出させる
symphony かなでるごとく ちるはなは そつぎょうせいを おもいださせる

雲の間に自分を探し葉桜の校庭走る若き足どり
くものまに じぶんをさがし はざくらの こうていはしる わかきあしどり

ボランティア募集

①活動内容:施設での茶道指導助手。主に割り稽古担当。
②流派:裏千家
③活動日:土曜日午後。二か月に一回程度は参加できる方。
④場所:東京都東村山市