『茶の湯銘事典』について

茶の湯とは喫茶を伴う清談を目的とした集いのことです。茶道と同義語ですが、後者は求道的で私には馴染めません。時代的には「茶の湯」の方が古い名称のようです。
茶道具は茶会において亭主の感性を表し、清談に相応しい雰囲気を作り、話題を提供する役割を担っています。
茶道具の銘とは茶入・茶碗・茶杓などに付けられた名称(固有名詞)です。

銘は古典文学・季語などから取材したものが多く、茶の湯の世界に文学を取り込む画期的な方法と云えましょう。
銘を味わう、理解するということは単に銘の語義を確認することではありません。たとえば茶入の銘が「あけぼの」であるとき、それは「夜明け」という語義で完結するものではないのです。茶人は『枕草子』を想わずにはいられません。連想ゲームのように「春はあけぼの。…」が脳裏に浮かんでくるのです。銘には語義を超える広がりがあるのです。

銘の命は語義ではなく、その言葉が育ち生きてきた文学的空間、言葉の経歴、即ち語誌にあると私は思います。茶人は短い銘の長い経歴を茶室に取り込むのです。
「明石」や「須磨」という銘に王朝文学を連想せず、単に兵庫県の地名いう認識しかできなければ、茶の味はさぞや薄いことでしょう。

こうした語誌に触れた事典を欲し、自ら書いたのが『茶の湯銘事典』です。​